The RNA Society of Japan

野本明男先生を悼む

Written by 水本 清久

 野本明男先生が平成26年11月13日に急にお亡くなりになった。私は、その3日ほど前に野本先生が公益財団法人微生物科学研究会の理事長を退任するご意向を表明されたとの話を伝え聞いたばかりだったので、愕然としたのだった。あまりにも急であった。今年の4月に微生物化学研究所でお会いしたときにはお元気の御様子であったので、貴重な友人を失った悲しみがこみ上げてくる。まぶたを閉じるとお元気な野本先生の思い出の数々が浮かび、「やあ」という声が聞こえてきそうである。残念でならない。

 私が野本さん(親しみを込めて、日頃使い慣れた呼び方にさせていただく)と知り合ったのは、はっきりと憶えていないが、野本さんがニューヨーク州立大学のEckard Wimmer研から帰国して北里大薬学部(井村伸正研)に助教授として赴任されてしばらく経った頃だったような気がする。当時私は、東大医科学研究所(上代淑人研)におり、時々野本さんが研究室を訪ねてこられたのがきっかけで顔見知りになった。以後、野本さんと私は、ウイルスに関連した仕事の領域が「近い」こともあって 野本さんがプラス鎖RNAウイルス(ポリオウイルス)とそのuncapped mRNA、私がマイナス鎖RNAウイルス(センダイウイルス)とそのcapped RNA 親しくおつきあいすることになる。ちなみに、後でわかったことだが、野本さんがWimmer研に留学していた時期と、私がロックフェラー大学のFritz Lipmann研に留学していた時期は2年ほどオーバーラップしていた。同じニューヨーク州で両大学の場所が比較的近かったのだが当時はお互いの存在を知らなかった。

 野本さんは、その後、東大医学部(助教授)、東京都臨床医学総合研究所、東大医科学研究所、東大医学部、微生物化学研究会微生物化学研究所へ順次移られ、それぞれの場でポリオウイルスの研究で常に世界をリードされると同時に、多くの優秀な研究者を育ててこられた。この間、野本さんは、平成4年度から6年度に科学研究費補助金・重点領域「RNAレプリコン」の領域代表として日本のRNAウイルス研究の推進に尽力され、RNAウイルス研究者の研究交流・結束を押し進めると共に、多くのすぐれた研究成果につなげた。この時期は、野本さんが東大医科学研究所に、また私が北里大薬学部に移って間もない頃であり、上記重点領域の立ち上げでお手伝いさせていただいたことを思い出す。また、平成18年度から23年度の5年間、科学技術振興機構・さきがけ「RNAと生体機能」の研究総括として、生命活動におけるRNAの新たな機能を探索する研究、ならびに機能が明らかになっているRNAを活用したRNAテクノロジー研究を通して、30人近い若手RNA研究者を育成された。さきがけでは、私はアドバイザーとして関わらせていただいたが、熱気にあふれる多くの若手RNA研究者と触れ合うことが出来たことは貴重な経験であった。

 野本さんとのおつきあいの中で、思い出に残ったことを以下に一、二書きしるして見る。野本さんが東大医学部教授時代、私を客員研究員として研究室に呼んで下さった。私は月に1~2回研究室に伺って、野本さんを交えて研究室の若い研究者と実験のディスカッションをすることを楽しみにしていた。1~2時間でディスカッションが一段落すると、必ずと言っていいほど教授室の冷蔵庫からビールが出てきて(私もこれを楽しみにしていたのだが)、ディスカッションの継続やらその他諸々の話をしたのが今となっては懐かしい。最後は、お互い家が比較的近かったこともあって、タクシーに相乗りして帰路につく、というのがいつものパターンであった。また、研究室内に「水本客員研究員室」なるプレートの付いた小部屋を用意して下さり私がいつでも立ち寄れるように配慮下さった。このプレートは今でも記念に持っている。

 私は、平成22年6月より平成26年3月までの間、微生物化学研究所で研究アドバイザーとして再び野本さんとご一緒する機会を得た。野本さんからご提案があり、私がこれまでやって来たmRNAキャッピングの研究を生かして、キャッピング機構をターゲットに抗真菌剤と抗インフルエンザ剤の検索を試みようというものであった。もちろん、私は喜んでこの話をお受けし、協力させていただくことにした。しかし、これが野本さんとの最後の仕事上のおつき合いになろうとは思っても見なかった。特に思い出に残る仕事なので少し詳しく記させていただく。抗真菌剤の方は、真菌のキャッピング酵素の構造と機能がヒトの酵素のそれと大きく異なる点を標的とする(両者とも同じ2種類の酵素活性を持つが、真菌が2サブユニット酵素であるのに対してヒト酵素は1本のポリペプチド鎖からなり、内1つの酵素は相互にアミノ酸配列が全く異なる)。抗インフルエンザ剤の方は、インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼが特異的に持つ「キャップスナッチング活性」(宿主mRNAからキャップ構造を含む短鎖RNAを盗み取り、ウイルスmRNA合成のプライマーにする)を標的とするものである。微生物化学研究所(基盤生物研究部ならびに生物活性研究部)ではこれら2つの標的に関して評価系が立ち上げられ、様々なライブラリーを用いてスクリーニングが精力的に行われた。私も、久しぶりにRI実験室に入ってベンチに立ち、in vitroキャッピング反応系、ろ紙電気泳動によるキャップ構造の分析系を立ち上げたりした(ベンチに立つのは恐らく十数年ぶり?)。スクリーニングの結果は、それぞれの標的に阻害活性を示すものがいくつか見いだされたが、最終的には有望なものが得られなかったことから、4年近く続いたこのブロジェクトは一応終了にしようということになった。大変ユニークな創薬ターゲットであり、私も野本さんもこのプロジェクトに対する思い入れはひとしおであったので、誠に残念である。この過程中、野本さんは折りに触れて極めて適切なご助言を下さると同時に、多くの場面で我々を勇気づけてくださった。そのときの言葉に「水本さん、世間をあっと言わせるような仕事にしたいね」としばしば言われていたのが心に残る。尚、本プロジェクトでは、評価系の立ち上げやスクリーニング等において基盤生物研究部ならびに生物活性研究部の方々に大変お世話になった。この場をお借りして御礼申し上げる次第である。

 私は、野本さんがこれまで立ち上げられたそれぞれの研究室に、いろいろな場面で立ち寄らせていただく機会を得たが、研究室では自由闊達な雰囲気の中にも、野本さんの、高い独創性と新規性を重んじ、常に研究に対する一本筋の通った哲学を貫きつつ若い人達を導いていく姿勢が伺われた。また、私がいつも感服させられたのは、野本さんの、一つの研究課題に対して常に異なった切り口 分子レベルから個体レベルまで からものを見て総合的に実証する、振りの大きな研究姿勢であった。

 もう、あのおおらかで人を暖かく包み込むような笑顔を見ることが出来ないと思うと胸が痛む。しかし、野本さんのこれまでたどられた研究の道・精神は、この分野の全ての研究者によって受け継がれ、心の中に生き続けるであろう。

 野本さん、安らかにお休み下さい。心からご冥福をお祈り致します。

 

北里大学名誉教授、筑波大学客員教授

水本 清久

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